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≪〜天孫降臨から神武天皇まで〜≫

ここでは、ざっくりと古事記の世界を読みながら、
TENのツアーでめぐる場所の紹介をしていきます!
 

 

高天原でアマテラス(天照大神)は孫のニニギノミコト(邇邇芸命)に「稲の穂と鏡、玉,剣の3つの神宝を持って地上に行き,国を治めなさい。」と言いました。ニニギノミコトは筑紫の国(九州)の高千穂の峰に降り立ちました。これが日向神話に言う天孫降臨(てんそんこうりん)です。


日向神話の神話を今に伝える
高千穂神社、ニニギノミコトが
降り立ったくしふる社に参ります!

 【ツアー2日目】

 

高千穂に降り立ったニニギノミコトは、とても美しいコノハナサクヤヒメ(木花佐久夜比売)と出会いました。ヒメと結婚したくなったニニギノミコトはヒメの父親のオオヤマツミノカミ(大山津見神)に願い出ました。父親は大変喜び、姉のイワナガヒメ(石長比売)と,二人のヒメをくれました。しかし,姉は醜い女性だったので,ニニギノミコトは姉だけを家に帰してしまいました。
 やがて,コノハナサクヤヒメに赤ちゃんができました。しかし,ニニギノミコトは喜びません。その様子を見て,コノハナサクヤヒメは悲しみのあまり「この子があなたの本当の子なら生き残るでしょう。」と言って,大きな産屋に入ると入り口をふさぎ,中に火をつけてしまいました。燃えさかる火の中で出産し,3人の子供が産まれました。最初にホデリノミコト(火照命)=海幸彦,次にホスセリノミコト(火須勢理命)=山幸彦,そして3人目はホオリノミコト(火遠理命)です。


コノハナサクヤヒメが産屋に火をかけ
3人の皇子を生んだと
いわれる場所へ行きます!

 【ツアー1日目】

 
兄の海幸彦は海で釣りをしながら暮らし、弟の山幸彦は山で狩りをしながら暮らしていました。 ある日のこと,弟の山幸彦は兄の海幸彦に互いに釣り竿と弓矢を取り替えてみようといいました。しかし,二人とも獲物をとることはできません。しかも,弟は兄の大切な釣り針を海でなくしてしまったのです。それを聞いた兄はとても怒ってしまい、弟がどんなに謝っても「元の針でなければだめだ。」と許してくれません。困り果てていると,潮路の神でシオツチノカミ(塩椎神)という老人と出会いました。老人は訳を聞くと、竹で編んだカゴで小舟を作り「この船に乗って海の国へ行きなさい。」と言いました。
 
海神の国に着くと,山幸彦は海神の家の前にある大きな木の上に登りました。そこで,海神の娘,トヨタマヒメ(豊玉比売)は、山幸彦の素晴らしい容姿に、ひとめぼれしてしまいました。父のワタツミノカミに報告すると、ワタツミノカミはたくさんのごちそうやきれいな踊りで歓待しました。しばらくして,山幸彦はトヨタマヒメと結婚し,海の神の家で暮らしました。

それから3年の月日が経ちました。時々ため息をついている山幸彦にトヨタマヒメが訳を尋ねました。山幸彦は兄の海幸彦の釣針の事を語りました。ヒメから話を聞いた父のワタツミノカミは「なくしたお兄さんの針を見つけてあげましょう。」と言って海の中の全部の魚を集めることにしました。すると,「鯛が『口が痛い』と言ってここに来ていません。」と魚たちが言いました。そこで鯛をよんでのどの奥を見てみると,釣り針が引っかかっていました。ワタツミノカミはこれを取り出し,清めて山幸彦に渡しました。その時、塩盈玉(しおみつたま)と塩乾玉(しおふるたま)という二つの玉も一緒に渡しました。山幸彦は一番早いサメに乗って1日で元の海岸にたどり着きました。

海神がくれた二つの玉のお陰で、山幸彦は兄、海幸彦に釣針を返し、怒る海幸彦の攻撃も防ぐことが出来ました。

海幸彦と山幸彦の神話の
舞台になった青島へまいります!

 【ツアー1日目】


 

山幸彦が地上に戻って、しばらくすると、トヨタマヒメが訪ねてきました。トヨタマヒメは赤ちゃんを身ごもり、出産間近だったのです。急いで,出産のために海岸に鵜の羽根で屋根を作り,産屋を建て始めました。しかし,まだ完成しないうちに生まれそうになりました。そこで,トヨタマヒメは山幸彦に「私は今から出産しますが,絶対に見ないで下さい。」と言い産屋に入っていきました。ところが山幸彦は,中の様子が気になって中をのぞいてしまいます。すると,大きなワニがのたうち回っている姿が見えたので,恐ろしくなって逃げ去ってしまいました。

 この事を知ったトヨタマヒメは恥ずかしくなり,生んだ子を置いたまま海の国へ帰ってしまいました。


トヨタマヒメの出産の為に建てられた
産屋と伝わる鵜戸神宮へ参ります!
 【ツアー1日目】

 
この時生まれた子は、産屋がまだ出来ないうちに生まれたので、ウガヤフキアエズノミコト(鵜葺草萱不合命)と名付けられました。
トヨタマヒメが海の国へ帰ってしまった後,トヨタマヒメの妹のタマヨリヒメ(玉依比売)が産まれた子供のお世話をしにやってきました。ウガヤフキアエズノミコトは立派に成人すると、タマヨリヒメと結婚して4人の子を生みました。その4人目の子供がカムヤマトイワレビコ(神倭伊波礼比古)といい,初代天皇の神武天皇です。



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